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青年日本の歌!

「青年日本の歌」

の作者・三上卓は、君民共治の理想に基づいて、
社稷(国民生活)が守られるのが、我が国の本来の姿だと信じていた。
 三上は、明治38年3月22日に佐賀県佐賀郡本庄村で誕生した。
旧制佐賀中学を卒業、江田島の海軍兵学校に入学する。
三上が、政界、財界、思想界の乱脈腐敗ぶりを見て、
強い義憤を覚えたのは、
昭和三年に少尉となって横須賀鎮守府管下の各学校に学ぶようになった頃である。
昭和4年には中尉に昇進、
陸海軍の将星を次々に訪問して教えを請うたが、
何一つ教えられるところがないことに気づき、
憤りのあまり自殺し損なったこともある。
 昭和5年のロンドン軍縮会議で、我が国は屈辱的な条約を結ばされた。
三上が「青年日本の歌」を作ったのは、まさにその時期である。
この過程で、権藤成卿らの農本主義思想の影響によって、
日本の理想を目指して立ち上がった先人たちの志の継承が強く意識されるようになっていた。
 権藤らは、日本の理想回復のための最初の一大改革、大化の改新を模範とした。
ただし、公地公民に象徴される大化の改新の成果も再び形骸化し、
やがて建武の中興として建て直しが試みられた。
しかし、それもまた未完のまま頓挫する。そして、
徳川幕府の腐敗に対しても抵抗が生まれた。
宝暦8(1758)年の宝暦事件、明和4(1767)年の明和事件、安永2(1773)年からの安永事件は、
いずれも志士に対する幕府による過酷な弾圧事件である。
だが、こうした抵抗はやがて明治維新に結実する。
それもまた、未完のまま頓挫し、抜本的改革を必要としているというのが、
昭和維新を志した者たちの共通認識であったろう。
三上は著書『高山彦九郎』で、次のように書いている。
 「(高山)先生が生れながらに啓示された使命は、
全国の山沢巌穴の間から、時を同じうして湧出する高山彦九郎的義人の総結集と、
朝廷公卿有志との連絡、やがては宝暦、
明和、安永の三事件による犠牲者の霊を弔ふに足る一大勢力を提げて、
討幕の義軍を興し陣容堂々、建武未遂の偉業を完遂せんとするに在つた」
 さらに、序において「斯クテ、大義透徹ノ人、
高山彦九郎先生『忠死』ノ理由ハ本書ヲ肝読スル読者諸賢ノ等シク体解サルベキ結論デアリ、
且ハ、昭和御維新ヘノ序論トモナル」と書いている。
 ところで、三上にも影響を与えていた権藤は、家に伝わった秘籍として、
南渕請安と中大兄皇子、中臣鎌足との対話を記録した『南渕書』を発表している
(同書の成立時期については学者の間で様々な議論がある)。
 権藤によれば、「制度学」と呼ばれる彼の家学は、
「隋の王通(文中子)→南淵請安→中大兄皇子」を源流としているが、
権藤の祖父・延稜、父・松門を経て彼に継承される過程には、
「賄路の俗、朝野に公に行わる」などと幕政を批判し、
後に処刑された山県大弐と関わった田中宣卿や、
高山彦九郎と交流していた権藤寿達らが継承者として登場する。
 権藤も三上も、自らの行動を先人たちの運動の継承にとどまらず、
「日本の理想」実現のための最初の改革であった大化の改新以来の、
連続する行動の中に位置づけていた。


1番の歌詞

その昔屈平が身を投げた泪羅の淵より憂国の魂が感応し、
騒ぐ。巫山の雲は風雲急を告げて乱れ飛び、世の乱れに怒りあり。
道理の通らぬ乱れ濁った世に直面している、したがって我らの
怒り、正義感はいかともすべからず、怒りに燃えて血潮が湧き
上がってくる。

権門:権力者、官権、又、その機構を表す。
社稷:国家安泰の為の大切な守り神。社は土地の神・くにつかみ
稷はきびと読み、穀物の代表。五穀の神の意。
そのため一般に社稷は「国家」の意として用いられる。

 2番の歌詞
官位、権力を占める輩は、上にあって権勢を恣にしているが、
誠この皇国を憂うる誠意をもっていない。
財閥は莫大な富を蓄え力を誇示しているが、不甲斐な
我国を想う赤心(赤子の心・純粋な心)を持ってはいない。

人栄え国滅ぶ:広く世界の歴史を見るとき、次々と国は興るが
衰退し、永久の歴史を作る事無く消滅していった。
かつて栄えた大国も人々が亡びを見い得ることは無かった筈だ。
冷静に、真として国を見つめるものこそ、亡国の道を感じてい
たにしろ。国民は栄華を誇る時代に溺れ、利益、欲望を追求し、
本来あるべき国の姿を崩壊させ、欲望に盲目化した人民を待つ
ものは終焉。
しかし我国は有史以来、亡ぶ事無く悠久の歴史を築いてきた。
その我国も盲いたる民が蔓延してきたことにより、これを亡国の
兆しといわずして何と云うか。

3番の歌詞
国は栄ながらも滅びの道を辿っている。
それを自覚せず道理を悟らぬ輩は大手を振ってまかり通っている
まるで夢のように世界の歴史は治乱興亡を続けてきたが、
その姿は正に一局の碁を打っているかのように。
我国はその兆しを見ているのか?

胸裡〜櫻花
櫻は散って終わりではない。豪華に咲いた花は潔く散るが
故に、即時、そこから新たな葉を生起させる。
華は散ろうとも次々に青葉は茂り、鮮やかに生命は力となり
樹全体は青々とした生命に溢れる。
つまり、櫻は自ら散ることにより後に続くものをより良く
育てるという重要な役目を背負っている。

4番の歌詞
昭和維新断行の晴れやかな春の空の下
正義を以って契り、同志として結集した同志達
各、胸の中は必勝の壮大な戦略で満ちている
いざ挺身し散り行かん。万と散る桜の潔く如き

古びし死骸:形骸化し機能を失った社会機構、腐敗した世の中。
打破すべき、一新すべき対象。乗り越え克服せんとする一等。

5番の歌詞
不平多く腐敗せし世を打破し一新せんとする
一介の我が身は何事にもとらわれない境地にあり(雲飄々の身)
我々が国を憂いて起ち上がるからには
丈夫の心情を吐露する歌がないことがあろうか
我らの心こそがこの歌だ


そも只ならぬ響きあり:今正に天地の怒りとも言える我らの義憤
挺身愛國・維新断行の動きを表すもの。
この怒りざわめく手法は1,6,7番にも見られる。
「泪羅の淵に波騒ぎ巫山の雲は乱れ飛ぶ」「天の怒りか地の声か
そも只ならぬ響きあり」「見よ九天の雲は垂れ、四海の水は雄叫
びて」 永劫の眠りより:永劫=無限に続く年月
今、天地の怒りによって眠りは覚まされる。

6番の歌詞
これは天の怒りか、地の声か
尋常ではない響きが轟きわたる
いま、長き闇を破られるときがきた。
国民同胞よ、永久の眠りより醒め
共に日本の朝ぼらけを迎えよう。黎明は近い

今こそ維新断行の好機の表現が「九天」「四海」として7番でも
用いられている。
九天:全天を九個に分けてある。
中央「釣天」東「蒼天」東南「陽天」南「炎天」西南「朱天」
西「昊天」西北「幽天」北「玄天」東北「變天」
四海:四方の海
「東海」「西海」「南海」「北海」
九天を全ての天上、四海を全ての天下

7番の歌詞
見よ!全ての天に雲は垂れ 
全ての海は叫んでいる
革新の機は今こそ到来せりと
吹きまくっている
日本の夕嵐までもが

うらぶれかし天地・栄華を誇る塵の世
人栄国滅と同じ。


8番の歌詞
ああ、この惨めな世の中の
悟る事無く人は迷いの道を歩んでいる
一見、栄華を誇るかのようなこの俗世で
誰が高楼の眺めなどしていられることか

功名:手柄を立て名を知らすこと
何か:どれほどの価値があると云うのか
消え〜誠:誠だけは消えはしない。風化することは無い。
人生意気に感ず:価値観、損得ではない。己の誠のために

9番の歌詞
人の世の名誉、手柄など一体どれ程の価値があるというのか
夢のように儚く消え去るものだ。
しかし「誠」は消えるものではない。不朽の価値があるのだ。
人生は損得で動かされるのではない。真心によって動かされる
のだ。その時は誰が、成否(成功・失敗)を論ずるものか!

決意、実行の10番
いつまでも悲歌慷慨にひたっていてはいけない
今こそ我らの維新断行の時が来た「我らが剣今こそは
廓清の血に踊るかな」

離想の一悲曲はこれ位でやめよう。
いつまでも悲しんでいては仕方ない
既に悲歌慷慨の日は過ぎ去った。
我らの剣が今こそは
世の腐敗を今こそ打倒し 清め 正義の血に高鳴っている


  [独唱]


鶴田浩二

北島



一、
汨羅(べきら)の渕に波騒ぎ
巫山(ふざん)の雲は乱れ飛ぶ
混濁(こんだく)の世に我れ立てば
義憤に燃えて血潮湧く


二、
権門(けんもん)上(かみ)に傲(おご)れども
国を憂うる誠なし
財閥富を誇れども
社稷(しゃしょく)を思う心なし


三、
ああ人栄え国亡ぶ
盲(めしい)たる民世に踊る
治乱興亡夢に似て
世は一局の碁なりけり


四、
昭和維新の春の空
正義に結ぶ丈夫(ますらお)が
胸裡(きょうり)百万兵足りて
散るや万朶(ばんだ)の桜花

五、
古びし死骸(むくろ)乗り越えて
雲漂揺(ひょうよう)の身は一つ
国を憂いて立つからは
丈夫の歌なからめや




六、
天の怒りか地の声か
そもただならぬ響あり
民永劫(えいごう)の眠りより
醒めよ日本の朝ぼらけ




七、
見よ九天の雲は垂れ
四海の水は雄叫(おたけ)びて
革新の機(とき)到りぬと
吹くや日本の夕嵐




八、
ああうらぶれし天地(あめつち)の
迷いの道を人はゆく
栄華を誇る塵の世に
誰(た)が高楼の眺めぞや



九、
功名何ぞ夢の跡
消えざるものはただ誠
人生意気に感じては
成否を誰かあげつらう

十、
やめよ離騒(りそう)の一悲曲
悲歌慷慨(こうがい)の日は去りぬ
われらが剣(つるぎ)今こそは
廓清(かくせい)の血に躍るかな

青年日本の歌(せいねんにほんのうた)は、
1930年(昭和5年)に作られた歌である。
昭和維新の歌としても有名。

作詞作曲は、五・一五事件の首謀者の1人である三上卓。
汨羅は、古代中国楚の詩人屈原が国を憂いて入水した川の名である。
巫山は中国の名山の名で、
「巫山の雲」とは男女の情交を意味する言葉である。







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